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東日本大震災津波観測地点の可視化アニメーション

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以前、東日本大震災の観測地点をArcLayerで結んだことがあったのですが、アニメーション機能を追記してみました。

全画面で見る

災害の概要

平成23年3月11日に発生した「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」(気象庁が命名)は,マグニチュード9.0という我が国の観測史上最大の地震であり,世界でも1900年以降4番目の巨大地震であった。

この地震により,広範囲に揺れが観測され,日本各地で大きな津波が発生し,加えて,原子力発電施設の事故が重なるという,未曽有の複合的な大災害となった。

東日本大震災では,死者・行方不明者は12都道県でみられ,死者1万5,883人,行方不明者2,676人(平成25年5月10日警察庁発表)という極めて深刻な被害をもたらした。

住家についても,全壊は9都県で発生し,その数約13万棟,半壊は12都道県で発生し,その数約27万棟(平成25年5月10日警察庁発表)となる大きな被害が生じた。

災害体験談

聞いたより1日早く電気が復旧~工事の人を思い出し「ありがたいな」~

地震が起きたのは、社会科の授業中。「帰ったら何をして遊ぼうかな」なんて、上の空だったときに揺れだしました。すぐに「机の下にもぐれ!」となって、その後で全校一斉に高台にある高校に避難しました。

避難してしばらくの間は、まちの方で発生した火災をただただ眺めているといった状況でした。

ぼくは、迎えに来たお父さんと一緒に、山の中を歩いて家に帰りました。水とガスは奇跡的に生き残ったけど、電気が通じなかったから、テレビも電話も全部ダメでした。

地震からひと月たった学校からの帰り道、電柱によじ登って電線を引っ張っている人がいたので、しばらくそれを見ていました。で、その人が降りてきた時に「いつ電気が来るんですか」って聞いたら、「明日かな」って言われました。

だけど、それより早くその日の夕方に電気が復旧したのです。電気がついたときには工事の人のことを思い出し、「ありがたいな」と思いました。

釜石市 震災当時小学5年 男子


徹底すべきだった防災訓練

今回の震災で助かった人も、亡くなった人も、危機意識が低かったとは到底思えません。中には、家族や近所の人を助けに行くために戻って、助からなかった人もいました。

津波のある地域には、“てんでんこ”という言葉があります。まずは、自分の命が大切です。てんでばらばらでもいいから、とにかく逃げようという教えです。これをもっと徹底しておけばよかったと思っています。

私は、市役所で防災担当を仰せつかってきました。実際、市の防災訓練は新人にしか行いませんでした。やはり職員全員の防災訓練を定期的に行うべきです。そして、防災担当が変わっても、永遠に訓練し続けることが大事です。

今年3月、全職員が担当して地域ごとにバラつきがないよう徹底して逃げる仕組みを作りました。もっと早くに作っておくべきでした。そしてこれは、市だけでなく県全体で取り組まないといけないと思います。「まさか、うちだけは‥」という意識の落差を埋めて、「ここなら安全」というイメージをもってはいけません。今ならというより今だからこそ、最高の仕組みを作れると思います。

気仙沼市 50代 男性 市役所職員

参考文献

・平成25年版 防災白書、内閣府

・1日前プロジェクト、内閣府


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